台風一過の午後、隅田川を船で浅草まで。

隅田川を船で上る。

隅田川

天気予報が10月に入ってから遅めの台風が東京直撃を告げていた。東京は前夜から強風が吹き荒れたが、台風22号は朝のうちに早々と房総沖を北上し、昼には青空が広がり始めた。 その日、東京湾の船に乗ろうと仲間と約束していたが、台風直撃の予報だったので中止にしていたものの、青空を見て「やっぱり行こう」と午後3時に日の出桟橋に集合。浅草行きの船に乗った。 実は東京に40年近く暮らしているが、竹芝桟橋から船に乗るのは初めて。もちろん大島へも渡ったこもない。灯台下ぐらしってやつだ。台風直撃の日にも関わらず、中国からのツーリストと乗り合いになり、平日の午後にも関わらず、船内は結構な混雑だった。 日の出桟橋から浅草まで乗車時間はおよそ40分、片道の乗船料は760円。1時間に2本くらい運航している。船のデッキから浜離宮と汐留の高層ビル群、そして築地市場を眺め勝鬨橋の下を過ぎると、東京スカイツリーが表れる。そして、台風一過の上空には大きな二重の虹が表れた。東京スカイツリーとレインボー。まさに明日の朝刊を飾るにふさわしいような写真が撮れるタイミングだった。

定期船の船内は意外にもクラシックな意匠に飾られ、照明もきれいだった。これなら東京の夜景を眺めながらのナイトクルーズはたしかにデートや東京観光にはお勧めだ。海外からのツーリストたちの多くがこの風景を見ていたにも関わらず、長年東京にいながら見たこともなかった風景に、「まだ知らない東京」だと感じた。 船内には小さなカフェも備え、ちょっとした船旅気分になれる。船の事業主は東京港埠頭株式会社という会社。昭和29年に設立され、長年社団法人として経営されてきたが、現在は株式会社。主な事業は埠頭の運営のようだ。大井埠頭などの東京湾を始め、川崎港、横浜港の首都圏港湾の外貿易のコンテナの管理運営が主な事業のようだ。そのついでにフェリーの運航も行っているらしい。乗車員のみなさんはきちんとした制服を着用し、平日にも関わらずこれだけの混雑ということは、事業的にもうまくいっているのだろう。
海から見る東京湾。それは江戸末期に日本へやって来たペリーら、海外からの訪問者の視線そのものなのかもしれない。お台場には外国船を迎え撃つための砲台跡があるように、江戸への入口でドンパチがあったのだろう。もちろん当時の江戸の風景とはまったく異なるが、ペリーたちが今の東京の風景を見たらどれだけ驚くことだろう。 40分の船旅の後、浅草に到着。吾妻橋のたもとの船着場から降りると、新しくなったばかりの松屋を吾妻橋交差点から見る風景こそ、浅草を表すベストポジションだと写真家の小川さんに教えてもらい、同じポジションから写真を撮ってみるがさすがに小川さんのようにうまくはいかない。仲見世通り入口にある雷門が、たまたま提灯が付け替えのために大きな暖簾のような絵だった。だまし絵のような大提灯を見ることのできる貴重なタイミングだったかもしれない。でも、この日に来たツーリストたちは、これが雷門の提灯だと記念写真を撮っていた。

吾妻橋
それから神谷バーへ立ち寄り、電気ブランを一杯。未だに文明開化の頃の電気ブランを販売し続けているその姿勢は凄い。しかもお手頃なお値段で。100年近く前に生まれたカクテルが今でも多くの人に愛され続けている、まさに浅草の象徴だ。 実は3年ほど前に取材で奥浅草をずいぶんと散策したことがある。浅草寺裏の言問通りを渡ったエリアが奥浅草と呼ばれるエリアだが、賑やかな表の浅草の表情とは異なり、ちょっと裏の浅草、静かな浅草がある。その柳通りの中ほどに「見番」という芸者さんの置屋が今でも営業していて、昔ながらの風情を感じることもできる。古い喫茶店のオーナーや、ミシュランの星をいただいている若手フレンチのオーナーシェフ、二人姉妹で無理せずパンを焼いているお店や浅草の外から移住してきてカフェを営んでいる夫婦など、多くの浅草の人に出会い、今でも彼らとお付き合いをさせていただいている。古い浅草、新しい浅草、意外にもマルチな表情のある浅草は、まだまだ知らない東京の姿があるに違いない。

神谷バー

2014年10月
Cover Photo:Yoshifumi Ogawa
Gallery Photo & Text:Hideo Miyazaki